琵琶湖北部、仏像探訪の旅
深山幽谷
深山幽谷......タクシー降りると目の前に広がっていたのはこんな風景でした。
行ったのは11月6日。
京都から米原まで新幹線で。在来線に乗りついで降りたのは木之元の駅。総勢8名は3台のタクシーに分乗して出発です。
行った先は 黒田観音寺→己高閣、世代閣→石道寺→医王寺→向源寺(観音の里歴史民俗資料館) →帰りは高月駅からJRで。10時前に京都駅出発。戻ったのは4時半。
短い時間で美仏に沢山お目にかかる旅でした。
タクシー代は一人3700円。

まずは最寄りの黒田観音寺へ。

仏像教室の先生が先導のツアーなのでま、朝の集合時間に間に合えば後は先生について行けば良いもんね~と気軽なべてぃは何の予習もせず、おまけに実は滋賀県に足を踏み入れるのは人生初。
タクシー降りた途端に口から出たのは「もしこのツアーに参加しなかったら、一生ここに来ることはなかったです!」駅からそんなに離れてないのに、あたりは深い山の中の景色で思わず...。
それに目の前のお寺は今まで仏像を拝見してきた観光客が沢山きて潤っているお寺とは全く別物。べてぃの生まれ故郷にあるような、山の中の本当に小さな古いお寺です。

この場所のこのお寺にわざわざ見に来る仏像がある?と疑問が。
ところが厨子を開けていただいて現れた仏像は何と美しく、立派なものであったことか。
驚きました。

kannnonn
べてぃが注目したのはこの腕のバランスです。
腕がいっぱいある像って多くのものは蟹みたいに背中に放射線状&平面的に腕がついているものが多いです。

博物館の陳列だと時々後ろを見ることができるので観察すると、背面はどう見ても蟹にしか見えないくてちょっと興ざめ。

こんなに沢山腕があるのに、絶妙なバランスで一つのボディに沢山腕が生えてる様子を表現しているという点において、今までべてぃが見た仏像の中ではナンバーワンです。
腕一本一本の完成度が高く、トータルでのバランスもベスト。

実はこのお寺は普段人がいらっしゃらないのか、この仏像を見せていただくには事前に連絡して予約が必要。その時間だけお堂をあけて待っていてくださるようです。大きい像なので簡単には運べないけど、セキュリティ面は大丈夫なんだろうか....?と他人事ながら不安になります。
そういう環境にこんなお宝があるとは。驚きでした。

黒田観音寺は仏像一体のみですが、初っ端から予想をはるかに越える収穫に、次への期待をふくらませながら次へ。
「己高閣・世代閣」。なに?結婚式場にでも行くのかい?と思ったけど、この地域の維持できなくなったお寺の仏像を集めて展示する施設なのだそうです。重文を含む20対ぐらいの仏像を拝見することができます。中に「ん?こんな顔した仏像ってあり??」と皆で目がテンになったものも。ヘタなわけじゃなくて、日本中に沢山いるどっかのおじさんそっくり...写真撮れずに残念です。

次は石道寺。
こちらの仏像は重文の十一面観音。優しいお顔。

一寺あたりの仏像の数が少ないのでどんどん進む。予定の帰りまで時間が余りそうだということで、予定追加で近くのお寺をもう一つみていこうと、タクシーの運転手さん経由タクシー会社に拝観予約してもらって医王寺へ。

医王寺、予定外だったのに行けて良かったです。先生もご存じなかった美仏が。
厨子を開けると一同ほほぉ~ぉ。
衣の表現とか体のバランスがすばらしい。ネットで探しても写真が出てこないし、先生の情報にも入ってなかったけどなかなかの彫刻です。ただし全身に虫食いが激しく、仏像本体のサイズに対して後ろ光背がえらく小さい。立像と光背がほとんど同じぐらいの高さなんです。先生によると虫食いは廃仏毀釈の時代に野ざらしにされた仏像なども沢山あるから、古い仏像は虫食いのあるものも多いとか。そしてバランスの悪い光背はおそらく後で作ったものだろうと。なるほど。

きっと光背がないんじゃ仏様も気の毒だってことで、檀家の人がお金出し合って、緊縮予算の中で精一杯のサイズの光背を作られたのでしょう。仏像を通してその土地、時代の歴史を想像するのもこういう旅の楽しみの一つです。

今回ご一緒した方は先生はじめ仏像彫刻歴うん十年のみなさん。
仏像見ても専門用語が多くて、べてぃにはさっぱり??どうしてもお尋ねしたいことは質問。その結果わかってきたのは、現存する古い仏像はオリジナルで完品のものだけじゃなくて、体のパーツどこかを後の時代に付け替えられたものが多いのだそうです。
それも元の形に修復したわけじゃなくて、オリジナルと違うものに変更してたりするものも。
先生は仏像見るときは必ずライトをあてて目玉確認。べてぃには??ですけど、見たら目は特にオリジナルかどうかわかるようです。へぇ~。

ここでお昼も過ぎたので最後&今回のツアーのメインの目的地「向源寺」隣りの茶店でお昼ご飯を。
ここから高月の駅までは徒歩10分ぐらいなので、タクシーとはお別れです。
けやき
お店の前のケヤキ。苔むす幹のあまりに美しい姿にしばらく目が釘付け。いつからここに.....?そばにいると木の放つ良いエネルギーがもらえそう。そんな佇まいです。

お昼ご飯の後は向源寺隣りの「観音の里歴史民俗資料館」に。
kannnonn国宝の十一面観音。

この像は後ろも重要な鑑賞ポイントなので360度ぐるりと回ってみられるように展示されています。

教室で前の席に座られている先輩が、ただ今この像を模刻中。頭11個もあるんですよ。大きい頭一個に小さいい頭10個をバランスよく配置....苦労されてます。ううう、大きすぎた....とか、時々苦悶の声が。
模刻の対象になるぐらい有名で美しい像。本物は写真よりもずっと美しいです。写真だとどうしても顔をじっと見ちゃうけど、この像の美しさはボディ。ちょっとくねらせた体の流れるような角度とバランス。正面よりも斜め、後ろからのボディの見事さは他にないです。

ちょっとミケランジェロのダビデ像のあのボディの感じに通じる。

先生の解説によるとこの像の下がってる右手はオリジナルじゃないのでは?とのこと。何故なら台座に錫杖の穴が。つまりオリジナルは錫杖をもっていた手だったはずなんだそうです。うむむ。言われなきゃ台座の穴にも全く気がつきませんでした。今回見た仏像のかなりが後の世の人の手が入ったものになっているようです。いやいや、何事も知識のある人と一緒に行動すると勉強になるもんです。
usiro後ろ頭。
11面の一つは後頭部にこんな爆笑顔としてついています。

最初見たとき、なんじゃこりゃ?と思いました。
今こうやってネットで写真拾ってくる作業しててもやっぱ「なんじゃこりゃ?」ですけど、何か意味あるんでしょうね。

普通仏像は後ろから見られるという前提では作らないから、真後ろにこんな顔がついてる像なんて他に知りません。興福寺の阿修羅像というのがありますが、あの像もお顔は真後ろじゃないし。
それにこんな爆笑顔というのも....どういうこと?謎です。
バリ島の神様に通じる造形。

白洲正子が紹介したことで琵琶湖湖北の仏像は知られるようにはなってますが、まだまだ訪れる人も少なく、仏像たちは知られてない存在ではないかと思います。
何故あの地にあれだけのお宝が?べてぃが一番不思議だったのはそれ。
今は山に囲まれた過疎の地です。でもあれだけのクオリティと数の仏像が残っているということは、仏教が盛んだった時代に湖北の地には力と金のある豪族がいたのち違いありません。
土地の方に伺うと、昔は大陸からの物資、文化の伝来ルートは船。陸にあがってから京へ運ばれる途中にあるこの地は繁栄したのですよと。なるほど。確かにそうですね。

現在の世界のあり方とは全く違う時代がそこにあり、その頃東京は葦の生い茂る沼地で文化なんてなかった時代の話....色んな意味で歴史を感じた一日ツアーでした。







2011/11/15(Tue) | 仏像彫刻修行中 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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